親子で考えるキャリア教育の重要性

親子で考えるキャリア教育の重要性

働き方改革やワークスタイルの多様化により、親世代と子世代では「進学・就職」の価値観は大きく異なってきています。近年では高校でキャリア教育が導入されるようになりましたが、家庭におけるキャリア教育はどのように考えればよいのでしょうか。今回は、法政大学キャリアデザイン学部田澤実教授に、キャリア教育の重要性や家庭できるキャリア意識の育み方について伺いました。

法政大学田澤実先生お顔写真

田澤実(たざわみのる)法政大学キャリアデザイン学部教授。2010年中央大学大学院文学研究科より博士号(心理学)取得。専門は生涯発達心理学、教育心理学。『大学生の内定獲得(法政大学出版局)』、『大学におけるキャリア教育とは何か(ナカニシヤ出版)』他、著書・論文多数。

法政大学キャリアデザイン学部ウェブサイト:https://www.hosei.ac.jp/careerdesign/

田澤実ウェブサイト:http://www.i.hosei.ac.jp/~mtazawa/

近年の大学進学や就職活動について

近年の大学進学率や就職率の傾向やトレンドを教えてください

文部科学省の学校基本調査によると令和4年度の大学(学部)進学率は、56.6%、つまり高校卒業後に4年制大学に進学する人が50%を超えています。

文部科学省「学校基本調査-令和4年度 結果の概要
出典:文部科学省「学校基本調査-令和4年度 結果の概要-」

大学に進学することの意味は、どれほどの若者が大学に進学するかによって異なり、15%まではエリート段階、50%まではマス段階、50%を超えるとユニバーサル段階であるとマーチン・トロウは述べています。現代においては、大学進学はユニバーサル段階に入っていることになります。

かつて大学進学率が低かった時代には、大学に進学しただけで「すごい、優秀だ」と褒め称えられることもありましたが、ユニバーサル段階となった今は、「みんなが行くから」という理由で進学する学生も多くなりますし、大学入学後に「なんで大学に入ったんだろう、大学で何をすればいいんだろう」と悩みやすくもなっていると思います。大学に進学する意味を自分なりに見つけていくことが求められる時代になっているといえるでしょう。

また、同調査によると、近年の大卒の就職率は上昇傾向にありますが、リーマンショックやCOVID-19の流行といった景気の影響を受けやすいことが推察されます。

文部科学省「学校基本調査-令和4年度 結果の概要
出典:文部科学省「学校基本調査-令和4年度 結果の概要-」

キャリアが多様化する中で、良い大学や良い会社に入るという価値観はどのように変わってきていますか?

しっかり受験勉強をして偏差値の高い大学に入ったら、良い会社に入りやすいという価値観は確かにあるとは思いますが、大学入試の在り方が大きく変わってきているため、価値観も多様化してきています。

近年、私立大学全体では筆記試験などの一般選抜を経て入学する学生は半分以下です。 これは、筆記試験のための受験勉強をした経験のある学生の減少を意味しています。

受験勉強は基礎教養的な知識を深めることや、英語への苦手意識を克服するきっかけとなり得ますが、そのような経験を持たずに大学生になる人も一定数存在するというのが現状です。

文部科学省 令和3年度国公私立大学・短期大学入学者選抜実施状況の概要
出典:文部科学省 「令和 3 年度国公私立大学・短期大学入学者選抜実施状況の概要」を用いて話者が作図

また、企業選択の価値観も、近年変化がみられています。

マイナビの『新卒採用・就職戦線総括』によると、長年「自分のやりたい仕事(業種)ができる会社」が 1位でしたが近年では「安定している会社」が 1位となっています。コロナ禍で将来の不透明さが、安定性を求める気持ちにつながったとマイナビが解釈しているように、学生や学生の親も含めて安定を求める傾向が強くなっているのだと思います。

就職活動で内定を得やすくする要因には、どんなものがありますか?

内定獲得の要因については、繰り返し研究がなされています。その中で、比較的、安定的に良い影響を与えていることが確認できるものがあります。

それは、学業成績(GPA) の高さです。学業成績が良いことが就職活動で肯定的に影響するということが、わたしたちが行った研究でも確認できました。(出典:梅崎修・田澤実(編著)2013『大学生の学びとキャリア: 入学前から卒業後までの継続調査の分析』法政大学出版局.)

すでに社会で働いている親世代の方は、大学の勉強なんて今の会社や仕事の役に全然立っていないと感じられるかもしれません。しかし、GPAを高める努力をしている学生は、日々の授業でも集中力を保って内容の理解をし、学期末が近づけば、計画的に勉強し、試験やレポートをこなしていきます。

一方で、就職活動では、志望する理由を既定の文字数で書くことが求められ、複数の企業を受ける現代の就職活動では、〆切が重なるときもあります。 限られた時間の中で、読み手に伝わるように、論理的に、説得的に書くことができる能力が必要になってくるのです。

このような能力がGPA が高いことと関連していると思われます。

つまり、大学で学んだ内容が直接的に就職する企業で働く際に役立たないと思っても、大学時代に真面目に積極的に取り組んだ姿勢が、就職活動やその後の社会人人生に大きく影響すると考えられます。

キャリア教育について

近年の教育の中では、どのようなキャリア教育が行われていますか?

実はキャリア教育的なことは20年以上前から行われていて、当初は『勤労観』や『職業観』がキーワードとなっていました。学校での日直や係といった役割を担うことで、社会で働く勤労感みたいなものを感じてもらうことも、その一つです。

小学校の学習指導要領(平成 29 年 3 月告示)で下記のように記されているように、近年では、学校で学ぶこと将来のつながりがキーワードの一つになっています。

『児童が,学ぶことと自己の将来とのつながりを見通しながら,社会的・職業的自立に向けて必要 な基盤となる資質・能力を身に付けていくことができ るよう,特別活動を要としつつ各教科等の特質に応じて,キャリア教育の充実を図ること。』引用:文部科学省「小学校学習指導要領(平成 29 年告示)」 

小・中学校では「キャリア教育」という科目は存在しませんが、、特別活動や学校で学ぶ教科の勉強が、自分の将来とつながっているという感覚を持てるような取り組みが展開されています。

家庭におけるキャリア教育について

幼少期からのキャリア教育は、将来の進路にどのような良い影響がありますか?

キャリア教育を受けると、学習に対するモチベーションが上がるという良い影響があります。「なんでこれを学んでいるのだろう』ということがわかってくると勉強を頑張るエネルギーになりやすいです。例えば、SDGsのような環境に関することを扱うと、理系科目に対する眼差しも変わってきます。理科を学ぶことがこの地球の環境を考えることに繋がると実感でき、もっと学んでみたいと自発的な学びに繋がっていくのです。

もちろん、学んでいる教科や内容に興味をもてるかどうか、理系・文系の向き不向きは、子どもの個性にもよります。ただ、今学んでいることが、なんとなく将来の生活や職業に繋がっていると感じられたほうが、勉強する意味を見出しやすくなります

家庭でキャリア意識を育むために、親ができる声がけや関わりにはどのようなものがありますか?

法政大学田澤実先生インタビュー画像

一般的によく言われるのは、親が仕事や自分のしてきたことについて語るというのがあると思います。

ただ、実際にはハードルが高い場合も多いのではないでしょうか。家庭に仕事を持ち込みたくないご家庭もあるでしょうし、思春期に近づくと、親が仕事の話をしたところで素直に聞いてくれないでしょう。

例えば、大人になってから親も学び直すことがあるという姿を示してあげるのも一つの方法だと思います。本を読む姿を見せたり、資格試験の勉強をしたり。親が何かを学ぶ時間を確保するためには、子どもに説明しなきゃいけない場面が必然的に出てきます。「今この本読んでるから、ちょっと集中させてね」「次の日曜は試験を受けるから家を空けるよ」と言うような説明の前後で仕事の話をするほうが、突然一方的に仕事の話をされるよりも、子どもに興味を持ってもらいやすくなると思います。

また、子どもに進路のアドバイスをする際は、情報をアップデートしてからアドバイスすることも大切です。

今の大学受験や就職活動は、親世代の経験と大きく異なってきていることもあります。「俺が受験したきは・・・」などというアドバイスが現代では全く役に立たないこともあるのです。

大学進学率や就職率など時代背景の変化も把握しておくことが、子どもに寄り添った声がけにつながるのではないでしょうか。

田澤実先生を詳しく知りたい方はこちら

法政大学キャリアデザイン学部ウェブサイトはこちら https://www.hosei.ac.jp/careerdesign/

田澤実先生 業績一覧はこちら https://kenkyu-web.hosei.ac.jp/Profiles/22/0002181/profile.html

編集部コメント

自身が受験・就職した20年近く前と、今の状況は大きく異なっていることに驚きました。子どもの進路に関してアドバイスする場合には、まず親側の情報のアップデートが重要であると感じました。また、今学校で学んでいることが、将来にどうつながっているかを親子で考えていきたいと思います。