男性の育児参加の重要性〜夫婦でワークライフバランスを考えよう〜

最近では父親が育休を取得することも珍しくなくなりました。一方で共働き世帯の増加から、仕事と家庭の両立に悩む人は男女ともに多いのではないでしょうか。そこで今回は、大阪公立大学 研究推進機構 ダイバーシティ研究環境研究所 客員准教授の巽真理子先生に男性の育休取得の現状やワークライフバランスについて伺いました。

巽真理子先生プロフィール写真

巽真理子(たつみまりこ)博士(人間科学)大阪公立大学 ダイバーシティ研究環境研究所 客員准教授/同大学 女性研究者支援室 副センター長(総括コーディネーター)。研究分野は家族社会学、ジェンダー論、ワークライフバランス、ダイバーシティ&インクルージョン(DEI)、女性研究者支援。著書に『イクメンじゃない父親の子育て-現代日本における父親の男らしさと〈ケアとしての子育て〉』(晃洋書房)など。

巽真理子研究室ウェブサイト:https://www.omu.ac.jp/orp/mariko/

大阪公立大学女性研究者支援室ウェブサイト:https://www.omu.ac.jp/r-support/

男性の育児参加・育休取得の現状

家族の後ろ姿

男性の育児参加の歴史的変遷と近年の特徴を教えてください

​​「1.57ショック」といわれる、戦後の丙午の年より低い合計特殊出生率となった1990年以降、国は少子化対策を講じるようになり、少しずつ男性の育児参加が注目されるようになってきました。ただ、もっと遡ってみていくと、近代化する前の江戸時代の終わり頃は、父親も子育てをしていたことがわかっています。父親・母親関係なく、そして祖父母や近所の人たちも含めて、地域のおとなたちで子どもを育てる時代があったのです。その後、社会が近代化するにつれ、「近代家族」という性別役割分業がはっきりした家族の形になってきて、父親が外で働き、母親が家事育児をするようになりました。

性別役割分業は第二次世界大戦後に大衆化しましたが、この時期は会社員や公務員として雇われて働く人たちが多くなってきた時期と重なります。父親が企業戦士として働く一方で、母親が専業主婦として家のことを全部切り盛りすることが定着していきました。

家族の変化でいうと、少子化対策が始まった1990年頃というのは世界的な不況もあり、共働き世帯が増えてくる時期でもありました。今では、専業主婦世帯より共働き世帯が3倍くらい多くなっています。1.57ショックをきっかけに、母親だけではなく父親への子育て支援も政策に組み込まれるようになりましたが、さらに父親支援に力を入れるようになったのは、2010年のイクメンプロジェクト以降で、現在もそれが続いている状況です。

男性の育休取得の現状と効果を教えてください

イクメンプロジェクトが開始した2010年当時は、男性の育児休業の取得率は1.3%でしたが、2022年には17.1%と、大きく増えています。一方で、女性の取得率がずっと80%前後なのと比べると、ジェンダー差は依然として大きいです。

ただ近年の特徴として、国家公務員や地方公務員の男性の育休取得率がかなり上がってきていて、特に国家公務員では70%を超えています。取得率だけ見るとかなり高いですが、取得日数で見ると、女性が1年~1年半とる方が多いのに対して、男性は数日から2週間ぐらいが多く、大きな差があります。産後パパ育休制度開始以降のデータがまだ出ていないので、これからに期待したいところです。

1000人規模を超える大企業のうち、育休取得率を公表している企業だけを調査したデータでは、男性の育休取得率が46.2%、取得日数は46.5日が平均でした。これは2023年と最近の調査ですので、大企業ではかなり進んできているといえます。ただ、「男性育休」で気をつけないといけないのが、厚生労働省から出ているデータは、国の育児介護休業法で取得した育休のデータですが、企業やメディアの調査で出てくるデータは、子育てのために取った有給休暇や特別休暇が混ざっていることがあります。実際、子育てのために休んでる男性はどんどん増えていると思いますが、それが法律上の育休取得率だけでは捉えられない点には注意が必要です。

私が父親に、子育てについてインタビュー調査をした10年前は、すごく子育てを頑張っている父親でも、育休を取得する選択肢自体がみえていませんでした。10年経った今、育休を取得した父親たちにインタビューしてみると、「育休を取るのに障壁はなかったです」「上司にも反対されなかったです」という話を聞き、10年で父親の育休をめぐる状況が大きく変わったなと実感しています。ただ今でも、取得日数は2週間が限度という声がよく聞かれました。給与の面では最初の1年くらいは社会保障費の免除があるので、実質手取り100%に近い形で育休給付金をもらえるのですが、ボーナス分までは補填されません。月給とボーナスを合わせた世帯収入でみると減ってしまうこともあるため、2週間が限度と考えるケースが多いようです。

そもそも、父親個人が育休取得を選ぶ・選ばないという問題には、職場環境が大きく影響しています。その部署の人員配置や仕事の内容・専門性などによって、育休が取れるか取れないかが大きく異なります。父親が育休取得を選べるようにするためには、勤務時間などの働き方はもちろん、仕事内容の面でチームで仕事ができるように分担を見直すなどの工夫が必要だと思います。

近年の大学生の「働き方」「結婚」「育児」への意識は変化がありますか?

ジェンダー論の授業を受講する男子学生が、年々増えています

私が教えているある大学では、「女性学」という科目でジェンダー論を開講しています。5年ほど前に初めてこの授業を受けもったときには、男子学生が教室に入りにくそうにしていて「『女性学』なのに、俺ら受けていいのかな?」と言っていました。それが、年々増えて、今では半分ぐらいが男子学生です。毎回授業では、学生にコメントを書いてもらいます。最初の頃は、女子の方が積極的にこれからの人生やキャリア、ライフプランを考えてるなという印象でしたが、今では、ジェンダーを「自分ごと」としてしっかり考える男子もどんどん増えてきています。

そのきっかけは、なんといっても家庭科の男女共修とSDGsです。家庭科は小中高と当たり前のように男子も習ってきてますし、SDGsが総合学習などで積極的に取り入れられて、ジェンダーについて学んでから大学にくる学生が増えています。

私にも男の子が二人いて、上の子は今年から社会人になりました。就活をして、最終的に就職先を選んだポイントは「より残業が少ない方だったから」だと言っていました。最近の学生の就職先の選び方は、われわれ親世代とは全然違っていて、「長く働き続けるためにも、ワークライフバランスや福利厚生がしっかりしている企業にいきたい」という話は、男女問わずどちらからも出てきますね。

男性の育児参加がもたらす影響

男性が育児に参加することで、家族全体にどのような影響がありますか

まず、子どもが性別役割分業観を持たなくなるというのがあります。父親も家事・育児することで、家事・育児は母親がするものという刷り込みがなくなっていくと思います。実際に学生に聞いてみても「うちではお父さんも普通に家事してたので、それに対して抵抗がない」という人もいれば、「お母さんが専業主婦ですごく幸せそうだったから、私も専業主婦になりたい」という人もいます。おとながどういう働き方をしているか、どういう暮らし方をしているかについて、自分の親しか見たことないという若者が多くなっています。そのため、親が普段、家の中でどういう分担をしてるかは、子どもに大きく影響します

また、家族のリスクマネジメントとしても、男性が家事・育児をすることが必要です。母親一人で家事・育児を担っていて、もしお母さんが倒れたら、たちまち家庭が立ちゆかなくなります。

子どもにとっても、いろいろな人に頼れる状況はすごく大事だと思います。お母さんだけではなく、お父さんや他の周りの人たちも含めて子育てに関わり、子どもがいろいろな人に頼れる状況があると、子どもに生きる力がつきます。たとえば思春期以降なら、子どもの逃げ場にもなるでしょうし、おとなになってからも困った時に「助けて」といえる人になれます。

男性が育児に参加することで、男性自身にどのような変化が起きますか

男性にとっては、家庭に居場所ができるということが大きいのではないでしょうか。子どもには子どもという役割があるので、何もしなくても居場所があります。しかしおとなは何か役割がないと、そこに居場所を得ることは難しいです。性別役割分業がよいとされていた時代には、父親は外で働いてお金を持ってくるという役割で、家庭に居場所を得られたかもしれません。今は共働きが当たり前になっているので、外で働くだけで家の中に何も役割がないと、家庭に居場所はできません。

そういう意味で子育ては、現代の男性が家庭内で居場所を得るビッグチャンスです。このチャンスを絶対に見逃さないように、男性自身はもちろんですが、女性側も自分で抱え込まず、家事も育児もどんどん手放してください。男性が居場所を得るチャンスを奪わないようにしてほしいですね。

親向けの講座でよく伝えるのは、楽しく遊んでいるだけでは子どもは懐いてくれないということです。子どもはすごく賢くて、よく見ています。世話をしてくれる、いざという時に当てになる人に、子どもは懐きます。大変なところを夫婦で分かち合うからこそ、父親は家庭に居場所を獲得できるし、子どもも懐いてくれるのです

もう一つ、男性の変化でいうと、子育てを通してより人間らしくなれると思います。私自身、最初の子育てでは、全てにおいて子どもを優先し自分の寝る時間もないような生活をしてしまい、育児ノイローゼのような状態でした。2人目が生まれる時にこのままではダメだと思い、夫に「2人目はあなたの担当ね」と言ってみました。夫は素直にそれを受け入れてくれて、家にいる間は下の子の面倒をみて、夜泣きの対応もしていました。だけど下の子が大きくなってきたら、夫がとても怒りっぽくなったんです。それまでは優しいお父さんで、全然怒らなかったのに。私は「子育てが大変で、イライラして怒りっぽくなったのかな~」と思ってたんですが、ある日、夫が「いや〜、家にいるの楽しいなぁ」って言ったんですよ。本当にびっくりしました。今考えると、夫は子育てをすることで「男はいつも冷静でいなきゃ、理性的でいなきゃ」という男らしさの鎧のようなものが取れて、感情が豊かになっていったんじゃないかと思います。このできごとを通して、男性が子育てのケアの部分にしっかりと関わることは、感情や気持ちが揺り動かされて人間らしくなるために大切なんだな、と感じました。

男性が育児に参加することの障壁はなんですか

一番は、働き方に関わるジェンダー(男らしさ)が大きく影響していると思います。「男なら、家族の分まで稼ぐもんだ」という世間の思い込みがあることで、男性は長時間労働になりがちです。男性の育休取得やワークライフバランスを進めようとしても、男らしい働き方が根本的に変わっていないことが障壁になっているところがあります。

家庭では、女性は家事・育児をどんどん手放し、男性にも任せていけばいいと思います。女性がメインでやっていると男性はいつまでたってもお手伝いで、「自分ごと」になりません。女性は自分でやった方が早くても、やり方が違っても、任せることが大切だと思います。

子育て世帯のワークライフバランス

ワークライフバランスのイラスト

理想のワークライフバランスを見つけるコツはありますか

私は「ワークライフバランス」という言葉が伝わりやすいので使っていますが、正直にいうと「バランスなんて取れない」と思っています。

バランスというより、その場その場でベターな方を選択して、やりくりしていくイメージです。たとえば仕事なら、1年間ずっと同じ働き方をする人は、そんなに多くないと思います。どうしても忙しくて仕事を優先しなきゃいけない時期がある、でも仕事が落ち着いているタイミングでは家のことを優先という形で、どうにか調整していく。それでも、夫婦2人だけでは物理的にどうにもならないことが出てくるでしょう。そういうときのためにも、普段から積極的に周りの手を借りたり、子育て支援の制度を活用してほしいです。

子育ての良いところは、子どもが大きくなってくことです。子どもも成長に合わせて家族というチームに引き入れて、家事を任せてみてください。子育てというと夫婦でするものと考えがちですが、外のサービスや子どもも含めて、頼れるものはどんどん頼っていったらいいと思います。

ワークライフバランスを推進する社会制度はありますか

2022年に始まった産後パパ育休は、男性の育休取得を後押ししています。でも私は、その少し前に義務化された「出産予定だとわかったら、父親に個別に育休制度を説明する」ことの方が、大きな変化だったと考えています。どんなに素晴らしい制度があっても、使わなかったら意味がありません。育休を取った父親たちも、会社から説明があったことで「自分も育休が取れるんだ、取ってもいいんだ」と思えるようになったと、インタビューで語っていました。

育休をはじめとする子育て支援制度は、どんどん活用してほしいと思います。

育児介護休業法によって、男性育休取得やテレワークの導入は今後進みますか

日本の育休制度自体はとてもよくできていて、2021年にユニセフが先進国の子育ての現状を調査した際、世界でナンバーワンでした。ただ、制度としてはすごく良いのに、使っている人があまりにも少ないのが現状です。それは、父親が育休をとれるかどうかが、その人が働いている企業次第だからです。企業は利益を生み出すための組織ですから、社員のプライベートを完全に優先するのはかなり難しい面があります。子育て支援を企業任せにせず、国や行政が親をしっかり支える制度に変えていくことが必要だと思います。

また、テレワークに関しては、通勤時間がいらない分、子どもと一緒にいられる時間が長くなるというメリットがある一方で、仕事と家事・育児を同時にこなすことができるため、ますます忙しくなってしまうというデメリットもあります。そもそも、テレワークができる業種は限られますので、一概にテレワークさえすれば、子育ての問題が全て解決するわけではありません。それよりも、保育園の待機児童問題を解決することが最優先だと思います。

実は日本は、ヨーロッパ諸国に比べて、家族支援の予算がものすごく少ないのです。父親支援政策として代表されるイクメンプロジェクトも、あまりお金がかからない啓発事業が中心です。待機児童対策など、子育て支援にしっかり予算を使ってもらえるように、ぜひ子育て世代には投票に行って、政治家にアピールしてもらいたいですね。

仕事と育児の両立で悩むご家庭にメッセージをお願いします

私の子どもたちはすでに成人していますが、いまだに「あの時はあれでよかったのかな?こうすればよかったな」と考えてしまいます。正しい子育て方法なんてないですし、親ができることは、とにかく子どもに合わせて右往左往するしかないのかなと思います。私は子育ての方法は、子どもの身体的・情緒的なニーズに合わせてそれを満たすなら何でもありだと考えていて、そのような子育てを「ケアとしての子育て」と名付けています。極論をいえば「子どもが生きてたらオッケー」で、料理が手作りじゃなくても、安心できる他のおとなに任せるのでもいいと思います。

だから、親は父親らしく母親らしくなど気にせず、子どもに向き合うことを大事にしてやっていけば子育てとしては十分なので、世間の期待に応えて「良い子」を育てようと気負わなくても大丈夫だと思います。

保育園に預けたら可哀想という人もいたりしますが、保育園は、子どもがいろいろなおとなや子どもと触れ合えるチャンスで、他の人たちと共に生きていく力を身につけられる大切な場所です。私自身も子育てや働き方ですごく苦しんで悩んだ親の1人なので、これからも自分の研究を通して、子育て中の親がジェンダーに関わらず、選択肢を増やせるお手伝いをしていきたいと思っています。

巽真理子先生を詳しく知りたい方はこちら

巽真理子研究室ウェブサイト:https://www.omu.ac.jp/orp/mariko/

大阪公立大学女性研究者支援室ウェブサイト:https://www.omu.ac.jp/r-support/

大阪公立大学ウェブサイト:https://www.omu.ac.jp

編集部コメント

出産前後で自分が思い描く働き方ができなくなったり、家事育児の負担の多さにモヤモヤを抱えたりする女性は多いのではないでしょうか。私自身2人の子供を育てるワーママですが、正直パパへの感謝より不満の方が多い日々です…。巽先生のお話を伺い、自分が思っていた以上に家事育児を抱え込んでいたことに気づきました。また、ワークライフバランスはその場その場でやりくりするしかない、目先のキャリアだけでなく長期で活躍する視点をもつ、というお話にとても背中を押していただきました。もっとパパや周囲の大人を頼り自分のタスクを解放していこう、ジェンダーの思い込みを改めて考えてみようと思える貴重なお話でした。