幼少期から家庭でできる行動経済学

幼少期から家庭でできる行動経済学

行動経済学をご存知でしょうか。実は私たちの日々の暮らしや意思決定に密接している学問です。今回は、近畿大学 経済学部 経済学科 教授 佐々木俊一郎先生に、家庭で出来る行動経済学ついて伺いました。

佐々木 俊一郎(ささき しゅんいちろう)

近畿大学 経済学部 経済学科 教授。専門は行動経済学・実験経済学。


近畿大学 経済学部 経済学科 ウェブサイト:https://www.kindai.ac.jp/economics/department/economics/

行動経済学について

行動経済学の理論や枠組みを教えてください

行動経済学は経済学の一つの分野です。経済学の中でも心理学の研究成果を応用した研究分野という特色があります。従来の経済学では、経済的な決定を行う際には必要な情報を全て集め、さらに完璧な情報処理を行って最適な決定を行うと想定しています。しかし、我々の日常的な行動を考えてみると、買い物する時などに、買う物の全ての情報を集めることはできません。情報を集めたとしても、最適な情報処理もできません。そこで、行動経済学では実際の人間はどのような経済的な決定を行うかについて検証します。心理学の研究成果を経済学に応用したうえで、人間の意思決定に心理的・認知的バイアスがどのように影響するか分析します。

行動経済学の研究にはどのようなアプローチを取っていますか?

心理的・認知的なバイアスが人間の決定にどう影響するのかを確認するために、アンケート実験を行います。実験では被験者の方に、ある経済的な条件を提示し被験者の皆さんがどう行動するか、意思決定するかを検証します。その行動データを集め統計的に解析をした上で、行動の傾向を検証します。実験では、一人一人の被験者の決定の背景にある、選択についての好みを正直に表明してもらうことが重要です。過去に行われた実験の例をお示しします。

【実験1】

あなたは次の2つのクジのうち、どちらをもらいたいですか?

●クジ1:80%の確率で4000円が当たるが、20%の確率で何ももらえないクジ

●クジ2:確実に3000円もらえるクジ

過去の研究では、このような実験を行うと、圧倒的に多くの被験者がクジ2を選ぶことが報告されています*1。行動経済学の実験では、被験者の決定と被験者が得る報酬をリンクさせることが一般的です。例えば上のような実験では、クジ1を選んだ被験者には、クジ1を実際に引いてもらいます。80%当たるクジを引いて当たりが出れば4000円をお支払いし、外れてしまったら何もお支払いしない報酬体験をしてもらいます。実験における決定と報酬額をリンクさせることで、経済的な決定の背後にある被験者の『正直な好み』を引き出すことができるわけです。これによって被験者が不確実性に対してどういう好みを持っているかを検証できます。この実験では人はお金をもらえるような状況では、リスクを取らずに、確実な方を取りたいということが分かります。
続いて、実験2も行ってみましょう。

*1 Kahneman, D. and A. Tversky (1979) “Prospect Theory: An Analysis on Decision under Risk”, Econometrica 47(2), 263-292.

【実験2

あなたは次の2つのクジを、「もらう」ことも「もらわない」こともできるとします。あなたはこのクジをもらいますか?
●クジ1:50%の確率で1000円がもらえるが、50%の確率で100円支払わなければならないクジ

(回答)もらう  もらわない

●クジ2:50%の確率で1000円がもらえるが、50%の確率で1000円支払わなければならないクジ

 (回答)もらう  もらわない

「あなたはこのクジをもらいますか?」という実験です。先ほどと同様に選んだクジを実際に引いてもらいます。この実験は被験者の方が金銭的な損失をどう評価するかを検証しています。クジ1をもらうを選ぶ人はまあまあいるのですが、クジ2でもらうを選ぶ人はほとんどいないです。この結果は、1000円もらうことのうれしさよりも1000円失うことの悲しさの方のインパクトが大きいと解釈できます。このようにお金を失うことを避けたいという性質は損失回避性と呼ばれます。

行動経済学の研究は、日常生活に役立てられますか?

体験をしてみると分かりやすいと思いますので、次の2つのケースを考えてみましょう。

【体験】

●ケース1:あなたは、5000円を支払って、ビュッフェ形式の食べ放題レストランに行ったとします。あなたは、このレストランで普段の食事よりも食べ過ぎてしまう可能性はありますか?

●ケース2:あなたは商店街の抽選でビュッフェ形式のレストランの招待券(正規料金は5000円)をもらいました。あなたは、このレストランで普段の食事よりも食べ過ぎてしまう可能性はありますか?

ケース1は、5000円支払ってビッフェ形式の食べ放題レストランに行ったとします。ケーキバイキングや焼肉食べ放題、カニ食べ放題をイメージしてください。あなたはこのレストランで普段の食事よりも食べ過ぎてしまう可能性はありますかという質問です。
ケース2は、ケース1とほとんど同じですが、あなたは商店街の抽選でビュッフェ形式のレストランの招待券、約5000円相当をもらいました。あなたはこのレストランで普段の食事よりも食べすぎてしまう可能性はありますかという質問です。支払いが誰かが異なっていますね。ケース1では、5000円の元を取ろうと思ってついつい食べ過ぎてしまうみたいなことがあるかもしれません。食べ放題で支払う5000円は基本的に食べた量に限らず返金されないですよね。このように一度払ったら返金されない、5000円の費用をサンクコストといいます。

実際の人間は、このサンクコストに縛られてしまう傾向があると言われています。実験の状況を合理的に考えると、5000円のサンクコストはもう返金されないのでその時点で最適な行動を取ればいいはずなんです。すなわち、ケース1でもケース2でも同じ量を食べるということです。
一方で、損失回避性を持っている人であれば、やはり自分が支払った5000円が損失となることがすごく嫌なわけです。そのため、元を取ろうと考えてしまい結果として食べ過ぎてしまいます。このような人は、ケース2では最適な量を食べるけれど、ケース1では元を取ろうとして食べすぎてしまうかもしれません。

もう1つの例は、株の取引です。株を買った時点よりも、株価が上がった状態を含み益といい、株を買った時点よりも株価が下がった状態を含み損といいます。ある研究者が投資家の株式の売買行動を調査したところ、含み益がある株式は売却されやすく、含み損がある株式は売却されにくい傾向が高いことが分かりました*2。含み損がある株式を売るのは損切りになりますが、投資家はこの損切りがなかなかできないらしいです。これを気質効果と言います。含み損を確定させたくないという背景には、損失回避性があると解釈できます。

*2 Odean, T. (1998) “Are Investors Reluctant to Realize Their Losses?”, Journal of Finance, 53 (5), 1775-1798.

行動経済学の研究において、どのような課題や障壁がありますか?


従来の経済学は、消費者や企業が合理的に経済的な決定を行い、社会全体でお金や資源がどのように配分されるのかについて理論モデルに基づいて説明します。一方で行動経済学は、合理的に行動するという想定を置かずに、様々な局面で実際の人間がどのように行動するかをつぶさに検証します。損失が生じるかもしれない状況では、実際の人間は損失回避的に行動する傾向があるとか、将来を通した決定を行う際には、実際の人間は将来よりも現在を優先して行動する傾向がある、など様々なその時の局面で人がどのような決定をする傾向があるかを検証しています。
経済学全体のことを考えてみると、行動経済学の研究成果を従来の経済学にフィードバックすることが望ましいと思います。人間行動の特性を組み込むことができれば、より豊かで、より現実の人間行動に近いような理論モデルが作れると考えています。

家庭で出来る行動経済学について

幼少期でも行動経済学の考え方を取り入れられますか?

現在バイアスについてご紹介します。将来の行動計画を冷静に立てることができても、行動を実行する時に、目先のことを優先し計画を先延ばししてしまい、行動計画が実行できないということが大人でもあるのではないでしょうか。目先の利益の方が大きく見え、将来の利益は小さく見えてしまう特性を現在バイアスといいます。例えば、テスト勉強の計画をしてもテスト勉強をやる時にスマホゲームをしてしまうとか、ダイエットしたいけどおいしそうなスイーツがあったら食べてしまったなどということです。

お子さんがこういった現在バイアスを持っていることも大いに考えられます。現在バイアスを持っていると、夏休みに大量の宿題が出た時に、宿題の計画を立てても実行する時、友達と遊びたいとかゲームが魅力的に見えて、結果として夏休みが終わる間際に、何であの時はやらなかったんだろうと後悔する結果になってしまうかもしれません。

そうしたことを防ぐには、保護者が現在バイアスを持っているか確認することがまず第一です。その後で、自分のお子さんはどうであるかをみてみましょう。現在バイアスがある場合には、誘惑に負けることを織り込んで将来の自分の行動を縛っておくことを検討してみてください。自分の行動を縛るというのは、コミットメントを用意することです。大きいコミットメントよりもなるべく小さくコミットメントを分けた方がいいとも言われています。大きいコミットメントは始業式の前日までに全部の宿題を終わらせることです。小さいコミットメントは、夏休み1週間目には自由研究を終わらせる、2週目には漢字ドリルと算数プリントの半分を終わらせる、3週目には漢字ドリルと算数プリントの残りを終わらせるという感じです。細かいコミットメントを複数設定しておいた方が、より約束は守ることができるようです。他のことでも代用して習慣化していくと、計画を先延ばしせずに実行できるようになると思いますよ。

佐々木 俊一郎先生を詳しく知りたい方はこちら

近畿大学 経済学部 経済学科 ウェブサイト:https://www.kindai.ac.jp/economics/department/economics/

佐々木先生ご紹介 ウェブサイト:https://www.kindai.ac.jp/economics/research-and-education/teachers/introduce/sasaki-shunichiro-0a1.html

編集部コメント

行動経済学について分かりやすく教えて頂きました。仕事や家事をする上で週単位でコミットメントすることをしていきたいです。子どもにも提案して現在バイアスに負けない日々を過ごしたいと思います。